婚姻費用
婚姻費用とは、婚姻中の夫婦や子どもの生活費のことを言います。婚姻中の夫婦は、それぞれの資産や収入等に応じて、婚姻費用を負担する義務があります。
なお、弁護士や裁判所は、婚姻費用のことを「コンピ」と略して呼ぶことがよくあります。もしそのような場面に遭遇したら、婚姻費用のことだと理解してください。
婚姻費用の相場と計算方法
婚姻費用の金額は、まず夫婦間の話し合いで決めるのが基本です。
もっとも、婚姻費用の相場が分からなければ、どのように話し合いを進めればよいか困ってしまうこともあるでしょう。
もし話し合いで決まらない場合は、家庭裁判所に婚姻費用の調停を申し立てることになります。 この手続きにおいて裁判所が用いる基準が、実務上の「相場」を知る上で重要な手がかりとなります。
裁判所で使われる「婚姻費用算定表」とは
現在、多くの裁判所では、「婚姻費用算定表」(※裁判所HPが開きます)という表を使って、婚姻費用を算出しています。
ご自身の状況に合った算定表を用いて婚姻費用の目安額を確認するためには、主に以下の2つの情報が必要となります。
- 子どもの人数とそれぞれの年齢
- 夫婦双方の年収 (給与所得者の場合は源泉徴収票の「支払金額」、自営業者の場合は確定申告書の「課税される所得金額」などを参考にします)
これらの情報をもとに、該当する算定表を参照することで、婚姻費用の標準的な金額を知ることができます。
【具体例】モデルケースでのシミュレーション
では、実際の家族構成と収入を例にして、婚姻費用算定表の使い方と目安額の確認方法を見ていきましょう。
夫:給与所得者、年収600万円
妻:パート、年収100万円
子ども:長女15歳、長男12歳
状況:妻が子ども2人を連れて別居中
この場合、夫が妻に支払う婚姻費用の月額はいくらになるでしょうか?
- ステップ1:適切な算定表を選ぶ
- まず、お子さんの人数と年齢構成に合った算定表を選択します。 今回のケースは「子ども2人、第1子15歳以上、第2子14歳以下」ですので、算定表の中から「(表14)婚姻費用・子2人表(第1子15歳以上、第2子0~14歳)」を選びます。
- ステップ2:義務者(夫)の年収を行で探す
- 算定表の縦軸には「義務者(支払う側)の年収」が示されています。 夫の年収「給与600万円」に最も近い年収額の行を探します。
- ステップ3:権利者(妻)の年収を列で探す
- 次に、算定表の横軸には「権利者(受け取る側)の年収」が示されています。 妻の年収「給与100万円」に最も近い年収額の列を探します。
- ステップ4:行と列が交差する箇所の金額を確認する
- ステップ2で見つけた行(夫の年収)と、ステップ3で見つけた列(妻の年収)が交差するマスを見つけます。 そのマスに記載されている金額(「〇~〇万円」のような幅で示されます)が、このケースにおける婚姻費用(月額)の目安となります。
上記のモデルケースでは、婚姻費用の目安は月額12~14万円の範囲となります。
婚姻費用算定表だけでは決まらない? 個別事情による調整
婚姻費用算定表は、婚姻費用の目安を知る上で非常に便利なツールです。
しかし、算定表はあくまで「標準的な家庭の生活費」を想定しており、お子さんの人数と年齢 、夫婦双方の収入のみを基に計算されています。
そのため、ご家庭ごとの特別な事情によっては、算定表で算出された金額が必ずしも実態に合わず、金額の調整が必要となるケースがあります。
具体的には、以下のような状況がある場合、算定表の金額に加えて別途考慮されたり、金額が調整されたりする可能性があります。
- 住居関連費の負担:義務者(支払う側)が、権利者(受け取る側)や子どもが住んでいる家の住宅ローンや家賃を支払っている場合
- 高額な教育費:子どもが私立学校に通っていて、算定表で標準的に考慮されている公立学校の教育費を超える学費が必要な場合。
これらのように、算定表の前提に含まれていない特別な費用負担がある場合は、その点を考慮して夫婦間で話し合うことや、調停・審判の場で具体的な事情を主張していくことが重要になります。
婚姻費用を請求する手続きの流れ
ステップ1:まずは夫婦間での話し合い
まずは、夫婦で婚姻費用の金額、支払方法などについて話し合います。算定表はあくまで目安であり、夫婦双方が納得・合意できるのであれば、算定表とは異なる金額であっても問題ありません。
ステップ2:話し合いがまとまらない場合は家庭裁判所へ
婚姻費用分担請求調停の申立て
夫婦の話し合いでは合意できない場合や、相手が話し合いに応じてくれない場合は、家庭裁判所に婚姻費用分担調停を申し立てます。
申立てを行う裁判所:
原則として、請求する相手(支払いを求める相手)の住所地を管轄する家庭裁判所になります。(例:別居中の妻が大阪市に住む夫に請求する場合は、大阪家庭裁判所)
申立てに必要な主な書類:
- 婚姻費用分担請求調停申立書(書式は裁判所のウェブサイトで入手できます)
- 夫婦の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 申立人の収入に関する資料(源泉徴収票、課税証明書、確定申告書などの写しなど)
- その他、裁判所から指示された書類
ステップ3:調停が不成立となった場合は審判手続きへ
調停で話し合いを続けても、どうしても合意に至らない場合、調停は「不成立」として終了します。 この場合、通常は自動的に「審判」という手続きに移行します。
審判では、調停での提出資料や双方の主張内容などを踏まえ、裁判官(審判官)が、一切の事情を考慮して、最終的に支払うべき婚姻費用の金額や支払方法などを判断し、決定を出します。
請求の際の注意点
裁判所では、婚姻費用の支払いの始期は、原則として「請求した月から」とされています。
したがって、別居後は速やかに婚姻費用の請求を行うことが非常に重要です。請求が遅れると、本来受け取れるはずの婚姻費用を失う可能性があります。
婚姻費用の協議を行う際には、内容証明郵便で請求するなど、請求時期を明確にしておくことが大切です。
相手が婚姻費用を支払わない場合の対処法
支払いを促す方法(内容証明郵便など)
相手が婚姻費用を支払わない場合、まずは支払いを促すことが重要です。具体的な方法として、以下のような手段が考えられます。
- 口頭や電話での請求:
直接口頭で、または電話で相手に支払いを求めることが考えられます。 - メールやSNSでの請求:
口頭や電話での請求に応じない場合や、直接連絡を取りにくい状況であれば、メールやSNSなどを利用して支払いを求めることも有効です。これらの方法であれば、やり取りの記録が残りやすいため、証拠としての保全が比較的容易です。 - 内容証明郵便の送付:
上記の手段で効果がない場合、より強い意思表示として内容証明郵便を利用することが考えられます。内容証明郵便は、郵便局が文書の内容、差出人、受取人を証明してくれるもので、相手に「支払いを求める」という意思が明確に伝わり、心理的なプレッシャーを与える効果も期待できます。
感情的な言葉遣いは避け、客観的な事実に基づいて記載するように心がけましょう。
弁護士に相談することで、より効果的な内容証明郵便を作成できます。
家庭裁判所を通じた手続き
家庭裁判所の調停や審判で婚姻費用が決まったにもかかわらず、相手がその支払をしない場合、家庭裁判所に履行勧告や履行命令の申立てをすることができます。
履行勧告
履行勧告とは、家庭裁判所が、支払義務のある相手に対して、支払いをするよう説得したり勧告したりする手続きです。強制力はないものの、家庭裁判所から通知が届くことで、相手に心理的なプレッシャーを与え、自主的な支払いを促すことが期待されます。履行勧告の手続きに費用はかかりません。
履行命令
履行命令は、履行勧告に応じない義務者に対して、家庭裁判所が一定期間内の履行を命じる手続きです。履行命令に正当な理由なく従わない場合、10万円以下の過料が課されることがあります。ただし、履行命令は、直ちに強制執行に移行するものではありません。履行命令の手続きには費用がかかります。
強制執行(給与や預貯金等の差押え)
調停や審判で婚姻費用が決まったにもかかわらず、相手が支払わない場合、最終的な解決策として強制執行という手段をとることができます。強制執行の対象となるのは、給与や預貯金といった財産です。
ただし、強制執行の手続きは専門的な知識が求められ、複雑である場合があります。そのため、手続きを進めるにあたっては弁護士に相談することを推奨します。なお、強制執行には費用がかかります。
婚姻費用に関するよくある質問(Q&A)
- 別居していなくても請求できますか?
- 別居していなくても婚姻費用の請求は可能です。
夫婦には互いに扶養義務があり、同居中であっても収入の少ない側は多い側へ婚姻費用(生活費)を請求できます。例えば、生活費が渡されない場合や、共働きで収入に大きな差があり一方が経済的に困窮している場合などです。なお、婚姻費用算定表は別居を前提としているため、同居のケースにそのまま適用できないことがあります。 - 相手が勝手に出ていきました。それでも支払わなければいけませんか?
- 原則として支払う必要があります。
夫婦には互いに扶養義務があり、どちらか一方が出て行ったとしても、その義務が直ちに消滅するわけではありません。ただし、相手に明らかな非がある場合(不倫をして家を出て行ったなど)は、婚姻費用の金額を減額したり、支払いを免れたりできる場合があります。このような場合は、具体的な状況を詳しくお聞かせいただき、法的観点から適切なアドバイスをさせていただきます。まずはご自身で判断せず、弁護士にご相談ください。 - 自分が不倫をして別居した場合でも請求できますか?(有責配偶者からの請求)
- 原則として、不倫(不貞行為)をした側(有責配偶者)の婚姻費用請求は認められません。
婚姻費用は、夫婦の扶養義務に基づいて発生するものですが、自ら婚姻関係を破綻させた責任のある側からの請求を認めるのは、信義則に反すると考えられているためです。ただし、有責配偶者が未成熟の子どもと同居している場合は、子どもの生活費相当分の婚姻費用については、請求が認められる可能性があります。具体的な判断は、個々の事案の内容によって異なるため、弁護士に相談することが重要です。 - 一度決めた婚姻費用の金額を変更(増額・減額)することはできますか?
- 一度合意したり、調停や審判で婚姻費用の金額が決まったとしても、その後に事情の変更があれば、増額または減額の請求をすることができます。事情の変更として認められる例としては、以下のようなものがあります。
- 収入の変動: 支払う側の収入が大幅に減少したり、受け取る側の収入が大幅に増加したりした場合。
- 再婚・出産: どちらか一方が再婚し、扶養すべき家族が増えた場合。
- 子どもの成長: 子どもの進学や病気などにより、養育費が増加した場合。
おわりに
婚姻費用の問題は複雑であり、当事者間の解決が困難なケースが多く見受けられます。弁護士等の専門家に早期に相談することで、適切なアドバイスやサポートを得て、婚姻費用の問題を有利に進めることができます。一人で悩まず、ぜひ弁護士にご相談ください。